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小説には、連続作品と一話完結作品があります。連続作品は、左「カテゴリ」の各作品名より一話から順番に読むことができます。また「目次」には、各作品の概要などをまとめた記事が集められています。

■連続作品
◆長編作品
「子宝混浴『湯けむ輪』~美肌効姦~」

◆中編作品
「大輪動会~友母姦戦記~」
「青き山、揺れる」 ▼「師匠のお筆」

◆オムニバス
「母を犯されて」

◆短編作品
「育てる夫」  ▼「最後の願い」  ▼「ママの枕」  ▼「ブラック&ワイフ」
「夏のおばさん」  ▼「二回り三回り年下男」  ▼「兄と妻」

■一話完結
「ふんどし締めて」
「旧居出し納め・新居出し初め」  ▼「牛方と嫁っこ」  ▼「ガンカケ」
「祭りの声にまぎれて」  ▼「シーコイコイコイ!」  ▼「サルオナ」  ▼「母の独白」
「童貞卒業式」 ▼「お昼寝おばさん」  ▼「上手くやりたい」 ▼「珍休さんと水あめ女」
「栗の花匂う人」「乳搾りの手コキ」 ▼「妻つき餅」 ▼「いたずらの入り口」
「学食のおばさん便器」 ▼「山姥今様」 ▼「おしっこ、ついてきて。」

作品一覧

「師匠のお筆」 4-4-2
『師匠のお筆』


4-4-2


その日の昼過ぎ、鈴美は枕必の個展の手伝いをするべく会場があるホテルの広間に向かった。手伝いというのは訪問客に記帳を促す受付の役である。元々は別の人の役割だったが、急きょバトンタッチしてその時間帯だけ居てほしいという依頼であった。

会場には枕必も現れた。この日の彼は神々しいまでに輝いて見えた。今まで工房や須美恵の教室で会った時は大抵一人か、ごく少数の人間とともにいるだけだったのが、今日は多くの訪問客に囲まれ、時には写真にも撮られて、普段にも増して有名人ぶりを発揮しているのだった。

そんな中、裏の準備室で二人だけで顔を会わせた折には、鈴美が枕必のシャツの襟を直してやる一幕もあった。何気ない風で始めたことであったが、彼女は今日の主役である彼に、自分だけが妻のようにこうして甲斐甲斐しく尽くしてやれることに一種の高揚感を覚えていた。

「ありがとう」

枕必はほほ笑んだ。その口元との距離はいつにも増して近かった。彼は相変わらず甘いマスクに優しげな笑みをたたえており、加えて今日は人前で仕事をしているせいかバイタリティーに溢れた感じもあって、いつも以上に頼りがいのある男性に感じられた。

鈴美は一瞬、このまま彼の胸に手を置いて密着していたい衝動にかられた。そうすればもっと心の安らぎが得られるような気がしたのだ。だが、当然と言えば当然ながらそれ以上のことはなく、実際にはわずかな時間一緒にいただけで、枕必は忙しげに表へ出て行ったのであった。

二人が再会したのは、鈴美が次の者と役を交代した後だった。彼女は食事に誘われた。

「まだちょっと早いけど」

そう言って枕必は腕時計をちらりと見た。時刻は午後五時を過ぎた頃だった。展望レストランは本来六時からディナータイムだったが、枕必の顔で早めに入らせて貰えることになった。彼の顔の広さは今に知ったことではなく、これまでご馳走になった所でも大概顔なじみなのであった。

レストランの照明は暖かい色の落ち着いたもので、主婦とも家族とも縁のない、それはまるっきり大人の雰囲気だった。枕必は色々な店に連れ出してくれるので鈴美は嬉しい。こういうところ一つとっても、夫瑞夫との違いは明白であると思う。瑞夫といえば結婚する前からそういう気遣いをしてこなかったのだ。鈴美が心ときめくのも無理はなかった。

それに、枕必は鈴美を一人の大人の女性として丁重に扱ってくれる。彼のエスコートに従っていれば何ら恥をかくこともなく安心していられた。そういう紳士的な枕必と向き合ってこうした場所で食事をしていると、鈴美はいつしか夫や子供のことを忘れ、恋人になったような錯覚を覚えた。いや実際のところ、今の二人の様子は事情を知らない他人から見ても、いわゆるいい雰囲気に見えたものだった。

一時間ほどして二人は店を出た。個展の成功を祝して乾杯した二人は大いに盛り上がり、エレベーターを待つ間もずっと話しっぱなしだった。

しかし、エレベーターに乗り込むと、ふと会話が途切れた。何気なく、鈴美は扉の上の数字が一つずつ減るのを見ていた。と、足場が一瞬揺れた、……ような気がした。鈴美は枕必の胸に抱きとめられていた。

「少し、酔いましたか?」

「あ、ええ……すみません……」

鈴美ははしたないことと思い自分を恥じた。だが、すぐには起き直らなかった。ただ枕必の胸に手を置いて静かに立っていた。先ほど彼のシャツの襟を直した時と同じ気持ちだった。

ただ一つさっきと違うのは、枕必もまた彼女を離さなかったのである。今鈴美がよろめいたのも、実は枕必が引き寄せたからかもしれないのだった。

鈴美は見上げた。そこには枕必の強く熱い眼差しがあった。思わず鈴美は視線を逸らした。だが、枕必の右手がそれを遮った。

「あっ……!」

少女マンガか何かであるような、わざとらしくも聞こえるかすかな驚きの声を上げて、鈴美は枕必の温かい唇を感じた。枕必の手が彼女の顎を軽く持ち上げていた。もう一方の手は彼女の細い体を抱き寄せて……。

と、エレベーターのドアが開いた。幸いなことに誰も待っていなかった。だが、たとえ誰かが待っていようとも、二人が動じることはなかっただろう。枕必も、鈴美さえも。

枕必はキスをやめることなくボタンを操作して扉を閉じた。そこはもう二人だけの世界だった。やがて二人の世界は再び階を昇り、ある客室フロアに着いた。そこには、枕必のリザーブした部屋があるのだった。彼らの世界は、その部屋へと移動していった。

鈴美と枕必の甘い時間が始まった。


<つづく>



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