彼は見た、汗ばむ拳を握りしめて。昼日中、眼下で明け透けに行われる情事。彼の身に熱い血潮がたぎり、やがてそれは暗澹たる思いに変わっていった……。
類(るい)は童貞である。大学に通って早三年になるが、未だに女を知らない。それどころか友人もいない。ただただ大学と家とを往復する毎日だ。
ほとんど引きこもりと言ってもよい。サークルにも所属せず、趣味もない彼は、自室で独りパソコンの画面に向かって、無為に日々を過ごすことが多かった。
もし熱中するものが一つでもあるとすれば、それは自慰行為だろう。果たしてこれを趣味と呼べるかどうか、少なくとも世間では認められないことだろうが、実際問題として彼の日常のほとんどの時間はそのために費やされていた。
誠に好色な男であるが、そのくせ性風俗店に行こうとは思わない。それは金が無いためというよりも、行動力が無いためという一言に尽きた。そのため、専らアダルトサイトで収集した動画や漫画を相手にいつも慰めている。講義のない日など、日がな一日収集作業に没頭することも珍しくなかった。
そんな彼が、画面の外で唯一性の対象としているのが隣家の人妻である。年の頃なら三十八、九。特に美人というわけでもなく、どこにでもいるタイプの女だと彼は思っている。だから、恋をしているわけではない。
彼女は類が中学生になったばかりの時に隣に越してきた。その頃はまだ若奥さんといった風情で、思春期の多感な少年は少なからず心を揺さぶられたものである。異性としての意識はここに芽生えたのであった。
それ以来、両者の関係が著しく縮まったということはない。先方には嫌われてもいなければ、殊更に好かれもしていない。"こっちだって、別に彼女に興味があるわけではない"と彼は半ば強がりじみて考える。そう考えて、しかし彼は、勃起を握った、彼女を想ってだ。
パソコンに向かいながら、ふと窓の外を見る。彼女が顔を見せるのは午前十一時前と午後三時頃。それをただ見る。気づかれぬように端の方からそっと見る。そして股間をまさぐる。バケットに入った洗濯物を取りに前かがみになる女の、胸の谷間に全神経を集中させる。
カメラにも収めた。余人には何の変哲もない、人妻が洗濯物を干すだけの写真である。類も絶対的にそういう撮影に価値を見出している訳ではない。無為無策の癖に、ストーカーは軽蔑している彼だ。あくまでも真人間を標榜する彼は、女の生態をどこまでも追いかけようとまでは思わなかった。むしろそれが彼のプライドだった。
そんな彼の人生はいつも平穏であり、そしてつまらなかった。今日の出来事はそこへほんの少し、ささやかな波紋を投げかけたものである。
彼は見た。彼の部屋からわずかに見える隣家のリビングルーム。その窓の向こう、フローリングの上で展開される、いとも唐突な刺激的行為。
人妻はほとんど裸だった。腰に巻いたスカートだけを残している。だがそのスカートも後ろから捲られて、尻は丸出しだった。そんな格好で彼女は四つん這いになっていた。窓に対して斜めに顔を向けて。
類は目を見張った。日頃彼女を性的な目で見ていながら、現実の彼女が性に結びつくことをどこかで疑っていた彼である。だが彼女は、予期に反してセックスをしていた。年齢から言っても立場から言っても当たり前だと知っていたのに、いざ目の当たりにすると意外の感だった。
しかし、彼が衝撃を受けたのはそのことではなかった。彼女の痴態以上に驚愕だったのは、そのセックスの相手である。それは彼女の夫ではなかった。相手はもっと若い男、それどころか明らかに自分よりも年下の少年、いや子供であったのだ。まさに子供と呼ぶのが適切である。彼女自身の息子と言ったって通らないではない。それが相手だったのだ。
類の気は動転した。あの子は一体誰なのか、どういう経緯でああなったのか、いつからそういう関係なのか、そして俺はどうしたらいいのか……ドギマギする胸に交錯する思いを処理しきれない。そんな彼に関係なく行為は続く。もはや谷間どころではなく、乳房が丸々揺れている。揺らしているのは少年。
近親相姦でないことは確かだ。と、そう考えて、はたと類は気が付いた。ひょっとしたら、あの子は彼女の息子より年下かもしれぬと。だとすれば、なんという奇体な事実だろう。あの人妻は、どういう心地で子供相手に身を委ねているのだろうか。その顔には、時折笑みさえ浮かんでいる。愉しんでいるのだ、確かに。
声は聞こえない。が、淫靡な鳴き声を上げているのではないだろうか。類は聞きたかった。それで、そっと窓に手を掛けた。しかしその時、ふいに女の顎が上向いた。類は咄嗟に隠れた。心臓の拍動が一段と激しくなる。"見つかってはいけない!"そう思った。
一呼吸置いて覚悟を決め、もう一度覗き見る。すると、両者はまだ先の体勢を続けていた。紛れもなくセックスの現場。それ以外のことをしているようには到底思われない。相変わらず人妻は、少年に後ろから犯されて悦んでいた。
少年は誰なのか。類には見覚えがない。見た目は公園でサッカーボールでも蹴っていそうな活発な感じ。子供とはいえ目鼻立ちも整っており、女の子達に人気がありそうだ。だから、という程短絡的でもないだろうが、その幼さにしてまんまと人妻の味を知った彼である。
もしかしたら、今日が初めてではないのかもしれない。いや、それどころか、ほかの女とも既に関係があるのではないだろうか。見るほどに自信ありげな腰使いだ。その腰使いで、親程も年上の女をよがらせてきたのだろう。
そんな餌食の一人に、隣の人妻が選ばれたわけだ。類が十年近くも視姦だけで満足してきた女と、少年は実際に肉体関係を結ぶまでに至っているのである。考えてみれば、類と彼女が出会った当時、彼はまだ性とは無縁の存在ではなかったか。片や類は、その時既に異性として彼女を狙いすましていたのである。同じ女を巡りながら、この結果の差はなんだろう。類はいまだ、彼女の名前すら知らないのに。
暗澹たる思いが彼の胸中を占拠していった。彼は震える指でカメラのシャッターを切った。咄嗟に思いついた、それが最良の策だった。その上で彼は、はち切れんばかりに硬く勃起した自身のペニスを引っ張り出した。彼は童貞である。彼に出来ることはほかになかった。
苦しかった。嫉妬と羨望の嵐が胸の内を吹き荒れる。鷹揚に見下していた女の裏切りに、初めて感じる寝取られたような気分。そして後悔。自分にもやれたのではないかと。そう思うと、これまで散々気を引かれていたような気さえする。何しろ、子供相手に発情するような淫らな女なのだから。
「そうだ、俺もヤろう」
類は決意した。彼女を口説いて、もしダメならこの写真で脅そう。そういう話は動画や漫画でよく見てきたじゃないか。現実にそれを実行してやるんだ。そう考えると一段と興奮してきた。
一方、行為中の二人は一旦姿を隠したと思うと、今度は体位を変えて現れた。仰向けに寝た女の開いた股の間に、少年が収まる格好だ。両名の顔は見えない。だが、二人の結合部ははっきりと見えた。濡れた肉弁の中に上から肉茎が串刺しである。傍観者にダメ押しの光景だった。完全に少年は女を抱いているのである。
少年の尻は小さく、そしてきれいだった。股間の周囲に縮れ毛の一本も生えていなかった。それが毛むくじゃらの女陰に埋もれている様は圧巻である。類は唾を飲んだ。これがセックスだと知った。彼の目の前で女は、少年の尻に足を巻きつけてみせた。
類は射精した。複雑な感情も性の衝動には勝てなかった。窓の下の壁に噴射した精液が飛び散る。それをも彼は厭わずに、しばらく肉棒をしごき続けた。眼前のカップルはまだセックスを続けている。少年の射精は類よりもまだ先らしい。
その後、二人の姿はまた見えなくなって、結局それっきりになった。やがて、人妻が洗濯物を取り込みに出てきた。午後五時二十分。いつもよりはるかに遅刻である……。
それからの類は、早速作戦遂行に取り掛かった。彼がまず何から手をつけたかというと、インターネット検索である。ターゲットの名前は依然分からない。名字や住所で検索しても答えは出ない。そこで次に同じような経験談を探した。とにかくヒントが欲しい。しかし、引っかかってくるのは現実離れした妄想やビデオのタイトルなどばかり。結局彼は人妻物のアダルト動画を見てオナニーする日々を一週間過ごした。
意味もなく隣家の前を通ったりもした。駅へ向かう道は逆方向なのだが、無理してそちらを通った。用事のない彼には大学へ行く以外外出する理由すらなかったが、それでもそうした徘徊を続けた。
目当ての人妻にはまったく会わない。それに反して、彼女の息子とは一度出くわした。日頃から口をきいたことがないので、互いに挨拶すらしないでやり過ごす。改めて障害の存在を認識し、作戦実行の難易度の高さを思い知らされた。
そうこうする内に試験期間が始まった。これでは作戦を後回しにせざるをえないと彼は思った。
隣家の様子は無論常に窺っている。だが、あの日以来何の動きもない。例の少年も見かけない。類はあの時撮影した動画を編集したり、画像に切り分けたりして来たるべき日に備えた。もっとも、撮影したものは被写体から離れすぎていたために、また向こうの室内の影が多かったために、とても鮮明とはいえず、そのことは彼を日に日にがっかりさせた。
あの時、むしろ彼女に見つかっていれば良かったと思った。どうして隠れたりしたのかと、彼は今更後悔した。あの時見つかった勢いで全ての事は進めるべきだったのだ。秘密を知られた彼女は、自らアプローチを迫ってきたかもしれない。類はその想定で妄想を広げ、自慰に耽った。
季節が二つ巡った。ある日、類は就職活動の理不尽さに神経をすり減らしながら、焦燥と絶望を抱えて帰路についていた。ふと脇に目をやると、グラウンドの中でサッカーに興じている少年達がいる。それを見て彼は、"あっ"と思った。その中に確かに例の彼がいた。当時よりも幾分逞しくは見えたが、目当ての子に間違いなかった。
彼は爽やかに汗をかき、沢山の友達に囲まれて走り回っていた。時に大きな声を上げ、身振り手振りも大仰に周囲の皆と笑い合っている。その姿を少し離れた所から女子達が指さして噂していた。
類は疲弊した体を押してその場を後にした。その口元には、微かに晴れやかな笑みが広がっていた。
〈終わり〉
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