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それは、かの女教師。シャワーから戻るはずの有紀を待ちぼうけしていたところ、どこからか響く絶叫を耳にし、取り急ぎ職員室から出たものだ。間もなく、ある教室から煌々と明かりが漏れているのを見つけた。
「え? 何?」
心細さから口に出して疑問を述べ、恐る恐るそちらへ近づいてみる。もう有紀と自分以外誰も残っていないはず、そう思っていた。
ガラリ、と思い切って扉を開ける。と、その目に飛び込んできた光景に、彼女は短く悲鳴を上げた。
「キャッ!」
慌てて目を覆う。そこに居たのは、下半身を露出した男だった。慌ててズボンをずり上げる彼に押し戻され、女は廊下に後ずさった。
「な、ななな、なんですか!」
「やあ、すいませんすいません。着替えてる途中でして」
頭を掻くようにしながら、男が弁解する。それは服部だった。
「いや、片付けの後ね、みんなでちょっと話が盛り上がっちゃいまして。もう、ほんとにもう帰りますから」
早口で一気に畳み掛ける彼に、まだ不信感を露わにする女教師。そこへ、後から現れた比嘉が加わった。
「やあ、遅くまでご苦労様です、村田先生」
すると、たちまち態度を一変させる女教師・村田。
「まあ、比嘉先生もまだいらしたんですか」
急ににこやかになって、親しげに話しかける。この二人、勤務先は異なるが、勉強会等で度々顔を合わせており、知った仲なのだ。そして、村田の方は明らかに比嘉に気があった。
「すみませんね、騒がしくして……」
比嘉が、服部と同じ内容を繰り返す。最前はうさん臭そうにしていた村田だったのに、今度は安心したように肯いていた。
「あと、戸締まりしておきますよ。役員の方もいるし、明日にでも学校へ鍵を返しに来てもらいましょう」
「まあ、そんな、申し訳ない……」
「いえいえ。こちらこそ遅くまで番をさせて申し訳ないです」
爽やかに比嘉が提案すると、たちまち村田は笑顔になって、これまでの不機嫌も吹っ飛んでしまった。
「じゃあ、お言葉に甘えていいかしら。実は、母の面倒も見ないといけなくて……」
「そこまでお送りしましょう」
とんとん拍子に話は進み、比嘉は学校の鍵を受け取って、村田を送り出す運びになった。かに見えたが。
ふいに思い出したように立ち止まって、村田が教室の扉の方を窺いだす。それを見て、服部が言った。
「なんです、先生。男の裸に興味がおありですか?」
それを聞くと、村田はムッとして、服部のことは完全に無視し、代わりに比嘉へ問うた。
「あの……金光さん、お会いになりませんでした? わたし、あの方を待っていて……」
「ああ……」
比嘉は特に動じることもなく、さらりと言ってのけた。
「見ましたよ。さっき帰られたみたいで」
「ええっ? 荷物は? 預かっているんですよ」
「持っていらしたと思いますけどねえ」
「まあ!」
村田はふくれっ面をして、有紀のあまりの身勝手さに憤った。自分に一声も掛けず、まるで隙を突くように鞄だけ持ち出して帰るとは! “まあまあ”と比嘉がなだめる。
「ああいう人ですから……」
それで通じるというのが、金光家の評判である。共通の敵の話題を交わしつつ、二人は廊下を歩き始めた。比嘉、さりげなく服部に目配せする。
服部はニヤリと笑って、教室内に戻った。彼が咄嗟に着替え中の態を装ったこと、そして比嘉が村田を丸め込んだことは、実に上手く機転を利かせたものだ。
村田の言った“荷物”は、既に回収済みである。その中に有紀が乗って来た車のキーがあった。
「よおし、運べ」
服部が室内に戻ると、次の作戦行動開始である。有紀は慶介と浩樹に両脇を抱えられ、全裸のまま運搬されることとなった。
「オラ、おっさんも立てよ」
竜二は前原を小突く。逃げる機会も手段も失った前原は、もはや言いなりになるしかなかった。事ここに至りなば、“もうどうにでもなれ”と、やけっぱちにもなる。
ぞろぞろと動き出す一団。その中で最後まで動かずにいた佳彦に、鎌先が声を掛けた。
「君は、どうするの?」
佳彦は、もうさっきからずっと硬直していた。熱い目蓋の裏には、いまだ母の輪姦シーンが焼き付いている。
「これから、場所を変えて、まだもう少し続きをするつもりなんだけどさ――」
鎌先は続ける。
「君も来るかい?」
二、三歩先へ行っていた矢板が、友人が来ないので振り返った。二人の大人の視線を集めて、佳彦はしかし、うんともすんとも言わない。
「仲間になるかい? もしかしたら――」
言いながら、鎌先は視線を少年の股間へと落とした。
「いいことが出来るかもしれないよ」
それは呪文のような響きを帯びていた。佳彦は、相手と目を合わさないで済む程度に目線を上げた。そして、おもむろに歩き始める。その一連の様子を見ていた矢板も、頬を緩め、前に向き直って歩き出した。最後尾になった鎌先が、灯りを消して、教室は空になった。
この最後の三人が校門に到着する頃には、既に有紀の車は発進する所だった。家族用のワゴンカー。後部座席には有紀が積み込まれ、その両隣に慶介と浩樹、助手席に服部、運転は小林だ。
「いい車乗ってんなあ。あれ結構するよ」
矢板が指さして言う。その目の前で、
「じゃあ、お先に」
との服部の言葉を残して、ワゴンカーは門外へ出て行った。それを追うではないが、ゆるゆると三人も門の外へ出ると、路上に一台のマイクロバスが停まって、ハザードランプを点滅させているのを見つけた。幾人かがそれへ乗り込んでいる途中である。運転席の藪塚がこちらに手招きしていた。
「用意のいいこって」
矢板と鎌先は笑い合いながら、佳彦を間に挟んでバスに乗り込む。
「ヒュー、息子ちゃんもご参加かい?」
沼尻が目ざとく見つけて煽る。すると、それまでうなだれていた前原が、“何を考えているんだ?”とでも問いたげに眉根を寄せて顔を上げた。当の佳彦は表情を全く変えることなく、前の方の席に座る。
「これで全員?」
藪塚が訊くと、袋田が、まだ比嘉が残っていると伝えた。中 学生六名の内、祥吾と雅也以外の四名はここに乗っていない。さすがに家に帰ったのである。彼らの手には、今日撮り溜めた淫猥な動画が握られている。今晩からは、それをオカズとして、今日の強烈な思い出と共に、愚息を握る日々が続くのであろう。だから、途中で離脱するも、ホクホクだ。
程なくして、比嘉が駆けてきた。
「すいません、お待たせして」
村田を見送り、すっかり門扉を施錠してきた彼。彼女からは、母親の介護のことなど聞かされ、それへ適当に話を合わせて肩が凝った。ちなみに、彼女が自分に好感を持っていることは薄々気づいているが、独身の身分でありながら、彼女に異性としての興味は一切なかった。あの鶏がらのような痩身と、何事も杓子定規な、まるでロボットのような振る舞い、そしてヒステリーには辟易である。彼にはまだ、憎まれっ子の肉豚オナペットの方が必要だった。
最後の一人を乗せて、ようやくバスは走り出す。佳彦にとっては行き先も分からない、文字通り深い闇の中へ。
〈つづく〉
〈現在の位置関係〉
▼ワゴンカー車内
有紀、慶介、浩樹、小林、服部
▼マイクロバス車内
佳彦、前原、竜二、比嘉、祥吾、雅也、藪塚、矢板、袋田、鎌先、羽根沢、森岳、沼尻
▼打ち上げ会場
金光、島田、鈴木、花村
▼帰宅
高橋、俊之、克弘、恵太、優斗、豊、聡、翼、清美、瑞穂
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